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2006年7月17日 (月)

最近考えること。

自分の意志は自分のものであり、自我は自分でコントロールできる。
そんなのは、幻想だ。

それを明らかにしたのが、精神分析学の創始者ジグムント・フロイトだった。

彼は人間の意識を意識、前意識、無意識の段階に分け、意識しようとすればできる前意識までが自己が認識できる領域であるとし、意識できる領域は氷山の一角に過ぎないと語った。


自分が考える思考は全て自分のものだ、なんて思うのはおこがましい。


自分のことをどれだけ知っているのか?
そう問われたら、人は何て答えを返すのだろう。
あたしは、「全然知らない」って答える気がする。


自分が本当はどう思っているか、どう感じているかなんて、実のところわからないんじゃないかって思う。
「何がつらいのか、何が苦しいのか、話して」
そう言われても、あたしは何が苦しいのか、何がつらさの原因なのかなんてわかんない。
ただ、気持ちが落ち込んで、すごく悲しい。そんな感じ。

明確に原因がある時はいいよ。
失恋したとか、友達とケンカしたとか、仕事で失敗したとか…。

そういう時は、そういう表向きの、意識にのぼる段階の事象で理由付けができる。
けど、そうじゃない時は…?

総合的に、何がどうと言うわけじゃなく、でも何かに追い詰められてる。
きっと…、あたしの場合は自分なんだろうな…。。
自分に追い詰められてる。


言葉に出せば出すほど、言葉にすればするほど、言葉では言い切れないことにもどかしさを感じる。
あたしが言いたいのは、そういうことじゃないって思ってしまう。
それは、ただあたしの語彙が貧弱だからなのだろうか。

言語で語りつくせない時、言語化の限界を感じた時、人は一体どうするんだろう。
それでも、尚、言語によるコミュニケーションの力を信じていくんだろうな。
それに変わるものが、人にはないから。
動物たちがもっているよーな「直観」「直感」を失ってしまっているから。


人間の限界性を最近、よく感じる。
それは、自分が弱いからなのか、それとも、強くなろうとしているからこそなのか…。

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コメント

こんにちわ。
言葉がだめならコーラスとかの音楽・歌がある。表現方法は人それぞれ違うと、ボクは思うから・・・。音楽・絵画・書道・花などなど芸術的な分野で、自分のスタイルがあるんじゃないかなぁ?

投稿: Aくん | 2006年7月18日 (火) 00時24分

はじめまして。コメントありがとうございます。
そうですね。
言語化の限界を言いながらも、その言語に一番拘っているのは、自分なのかもしれません。
言葉で何とか人に理解してもらいたい、理解しあいたいと思っているのかも…。
Aくんさんのblog見ました。「醜さと美しさ」にとても共感し、考えさせられました。

投稿: miki | 2006年7月18日 (火) 13時25分

こちらこそありがとう!嬉しいです(^^)。

投稿: Aくん | 2006年7月21日 (金) 00時06分

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